早川周作 ホームページ 早川周作 起業時代

級友に弁護士との会食を誘われた。千載一隅のチャンスを逃してはなるものかとくらいつき、
アルバイトであるが法律事務所で働くこととなった。

手に入れたチャンスを逃すまいと必死に働いた。

ある時、事務所の経営者からなぜそんなに働くのかと聞かれた。

「母親と二人で生活できるようになりたい。」
うそ偽りのない素直な気持ちで答えた。

早川周作 ホームページ 早川周作 起業時代その言葉をきっかけに新たな仕事が与えられた。ここでも働きに働いた。昼も夜も、オンもオフも関係なく働いた。

その見返りは学生の身分では考えられない額の報酬になって返ってきた。

それだけではなかった・・・

もっと大きなチャンスの女神が再び目の前を横切った。
投資家から数千万円の出資の話が来た。
 

ためらうことなく、そのチャンスを掴み取った。 大学生でありながらも、不動産会社を立ち上げた。

社長になったといっても、コネがあるわけでもなく、金があるわけでもない逆境だった。
午前6時から午後10時まで足を棒にして、一軒一軒のオーナーを回った。
炎天下のでもまわった。冬の日でも回った。水をかけられることもあった。

そうした苦労が報われた。


しかし、会社が成長するにつれて、ある疑問が頭をよぎった。


「このまま上場することだけを考えていいのだろうか、
それが社員の幸せにつながるのだろうか?」

誕生から見守り育て上げた会社を人手に渡すこととなった。  

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